【Kii Space HUB キックオフイベントレポート vol.2】和歌山発、宇宙への挑戦 ― 県内企業が切り拓く参入プロセスと挑戦の成果 ―
「宇宙は特別じゃなくて、ほんの少し環境が特殊なだけです。」
— 株式会社たすく 古友氏
宇宙産業という言葉には、どこか遠い響きがある。特別な技術を持った企業だけが関われるもの、莫大な投資が必要なもの、専門家でなければ近づけないもの。そんな印象を持つ人も少なくない。
しかし、セッション2「和歌山発、宇宙への挑戦 県内企業が切り拓く参入プロセスと挑戦の成果」で語られたのは、そのイメージとは少し違う現実だった。
登壇したのは、金属3Dプリンティングと高精度加工を強みに宇宙関連部品づくりに挑む株式会社ODECの竹越淳氏、精密プレス・樹脂成形・金型製作などの技術を活かして宇宙分野での取引を進める株式会社シマファインプレスの岡衞氏、薄く軽く曲げられるフレキシブルプリント基板の技術を宇宙用途へ展開しようとする太洋テクノレックス株式会社の森脇彰洋氏。いずれも令和7年度のKii Space HUBでの取り組みをきっかけに、宇宙産業への一歩を踏み出した県内企業だ。モデレーターは株式会社たすくの古友大輔氏が務めた。
このセッションでは、「なぜ宇宙だったのか」「最初の一歩は何だったのか」「やってみて見えた課題と可能性」「会社はどう変わったのか」「これから何を目指すのか」という5つの問いを通じて、宇宙産業参入のプロセスがひも解かれた。そこで見えてきたのは、宇宙が特別な企業だけのものではなく、既存事業の延長と人のつながりから近づける領域だということだった。
きっかけは、遠い夢よりも身近な必然だった
最初の問いは、「なぜ宇宙だったのか」。3社の答えは、宇宙への憧れだけではなかった。そこには、既存事業の課題、個人の関心、そして和歌山にスペースポートがあるという地の利が重なっていた。
ODECの竹越氏は、もともと宇宙やブラックホールが好きだったという個人的な関心に加え、半導体関連の景気に左右される現業への危機感を語った。
「特定の業界に左右されず、新しい分野で何か取り組めることがないか。その中で、宇宙を本格的にやってみたいと思った。」
— 株式会社ODEC 竹越氏
さらに大きかったのが、地域との接点だ。和歌山県内にスペースポート紀伊があることを踏まえ、「和歌山県発で何かできることがないか」という思いが宇宙への挑戦を後押しした。
シマファインプレスの岡氏も、Kii Space HUBのワークショップ参加をきっかけに宇宙産業への理解を深めた。当初は規模も将来性も分からない状態だったが、成長が見込まれる分野であること、そしてスペースポート紀伊の存在に触れる中で、関心が具体的な行動へと変わっていった。
太洋テクノレックスの森脇氏は、カメラやディスプレイ向け電子部品で培ってきたフレキシブル基板の技術と、宇宙分野が求める軽さ・薄さ・設計自由度との接点に着目した。加えて、行政事業という支援の存在が大きかったという。
「今、宇宙に取り組めば支援を受けられる。風が吹いていて、背中を押していただけている。」
— 太洋テクノレックス株式会社 森脇氏
3社に共通していたのは、宇宙が突然遠くから降ってきたテーマではないということだ。既存事業の課題、個人の関心、地域への思い、県の支援。それぞれの身近な理由が重なったところに、宇宙への入口があった。
宇宙産業参入の最初の一歩は、技術開発ではなく「会いに行く」こと
宇宙に関心を持っても、何から始めればよいのかは分かりにくい。二つ目の問いで3社が語った最初の一歩は、いずれも「すぐに作る」ことではなく、「まず知る」「まず会う」ことだった。
「最初の一歩は、完全にKii Space HUBのセミナーです。お客様のニーズをつかんでいくところが最初の一歩だったと思います。」
— 太洋テクノレックス株式会社 森脇氏
シマファインプレスの岡氏も、Kii Space HUBの取り組みを通じて宇宙業界の関係者と出会い、紹介を受け、イベントに参加する中で接点が広がっていったと振り返る。宇宙業界の人たちは話しにくい存在ではなく、むしろ仲間意識を持って和気あいあいと話せる人たちだったという実感も、継続の支えになった。
ODECの竹越氏も、支援者や宇宙業界関係者の紹介を受け、宇宙関係者の集まりに足を運んだ。急な誘いにも飛び込みで参加したエピソードは、参入の初期段階で何よりも人との接点が重要であることを象徴している。完成した技術を売り込む前に、誰が何を求めているのかを知る。そこから参入は始まっていた。
難しいのは「作れるか」よりも「説明できるか」
三つ目の問いでは、実際に取り組んでみて見えた課題と可能性が共有された。シマファインプレスの岡氏は、部品を作ること自体は既存のものづくりと大きく変わらない一方で、宇宙・航空分野ならではの資料や処理に戸惑いがあると語った。
「物を削って作ればいいだけでは済まない。資料を揃えなければならないところや、知らない処理がまだまだ多い。」
— 株式会社シマファインプレス 岡氏
検査成績書、トレーサビリティ、処理方法、要求仕様の読み解き。宇宙参入の壁は、特殊なものを作れるかどうかだけではない。自社の技術を宇宙業界の言語に翻訳し、品質・検査・証跡として説明できるかが重要になる。
太洋テクノレックスの森脇氏が挙げたのは「実績の壁」だ。フレキシブル基板は薄く、軽く、設計の自由度が高い。一方で、宇宙用途で新しい部材を使うには、リスクとメリットを顧客に判断してもらう必要がある。実績がないから使いにくい。しかし使われなければ実績が作れない。この卵とニワトリの関係をどう越えるかが、参入初期の大きな課題になる。
ここで効いてくるのが、Kii Space HUBのような場である。宇宙側の要求を噛み砕き、地域企業が自社の技術と照らし合わせ、試作や検証へ進むための「翻訳」の機能が、参入のハードルを下げていた。
宇宙は、社内を動かす言葉になる
四つ目の問いは、宇宙への挑戦によって会社がどう変わったか。ここで印象的だったのは、宇宙が社内のモチベーションを高める言葉として機能していたことだ。
ODECの竹越氏は、宇宙関連部品に取り組んだ際の社内の反応を紹介した。最初は製造の一部メンバーで進めていたが、後からそのことを知った事務や検査の社員から「もっと協力したのに」と声をかけられたという。
「宇宙の部品を作っているとなると、すごくモチベーションが上がる。」
— 株式会社ODEC 竹越氏
太洋テクノレックスでは、新規事業として宇宙に取り組む難しさもあった。まだ顧客も図面もない段階で、セミナー等で聞いたニーズをもとに、製造や品質保証に開発の必要性を伝えなければならない。
「まだお客さんはいないので、当然図面はない。それでも、セミナーで聞いた情報から『こういったニーズがある』と伝えなければならない。」
— 太洋テクノレックス株式会社 森脇氏
当初は説明の難しさがあった一方で、プレスリリースや外部発信を通じて「自社が宇宙産業に取り組んでいる」ことが社内に広がると、現場からも関心が寄せられるようになった。カイロスロケットの打上げニュースも社内の会話を生み、製造現場や品質保証部門を巻き込むきっかけになっている。
シマファインプレスの岡氏も、テレビ番組での紹介や展示会出展を通じて、社員から声をかけられる機会が生まれたと語った。宇宙への挑戦は、新しい取引先を探す活動であると同時に、社内の関心を高め、部門を越えた協力を生むプロセスでもある。
めざすのは、和歌山で「全部できる」と言える状態
最後に、登壇者からは今後の展望と会場へのメッセージが語られた。各社に共通していたのは、和歌山で宇宙産業に関わる企業を増やしたいという思いだ。
「和歌山の産業の一つとして、宇宙産業が特産品のような形になるといい。」
— 太洋テクノレックス株式会社 森脇氏
シマファインプレス の岡氏は、スペースワンの射場が和歌山にあることを踏まえ、県内企業や多様な業種が関わり、和歌山全体で盛り上げていくことへの期待を語った。ODEC の竹越氏は、一社でできることには限りがあるからこそ、宇宙関連の製造を担える企業が県内に増えていくことの重要性を強調した。
「『宇宙関連の部品を作ります』と言った時に、和歌山で『全部できるよ』という状態になればいい。」
— 株式会社ODEC 竹越氏
今年度のKii Space HUBでは、7月以降、エントリーセミナーやテーマ別のアクションワークショップが予定されている。衛星データ利活用や射場周辺ビジネスなど、宇宙への関わり方は製造業だけに限られない。すでに明確な事業テーマがある企業だけでなく、「自社に何ができるか分からない」という企業にとっても、最初の一歩を探す場となる。
宇宙は、特別な企業だけのものではない。既存事業の延長にある技術や経験を見つめ直し、人と会い、ニーズを知り、試しながら前に進む。その積み重ねが、和歌山から宇宙ビジネスを広げていく力になる。